大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和32年(ワ)8669号 判決

判   決

原告

株式会社三洋商会

右代表者代表取締役

西山守匡

原告

株式会社青々社

右代表者代表取締役

白山邦甫

右両名訴訟代理人弁護士

笹原桂輔

且良弘

被告

横井昇一

右訴訟代理人弁護士

進藤寿郎

日野勲

右当事者間の昭和三二年(ワ)第八、六六九号損害賠償請求事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

訴告は原告株式会社三洋商会に対し、一、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三二年一二月七日から完済まで年五分の割合による金員を、原告株式会社青々社に対し六〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三二年一二月七日から完済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

原告らの請求中謝罪広告を求める部分を棄却する。

訴訟費用は全部訴告の負担とする。

この判決中原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告らの請求の趣旨

(一)  主文第一項同旨

(二)  被告は原告らに対し別紙目録記載の文面の謝罪広告を、朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞の各紙上にそれぞれ一回ずつ縦二段抜き横二五行の大きさで掲載せよ。

(三)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び金員支払の部分につき仮執行の宣言を求める。

二、被告の申立

原告らの請求を棄却する。

との判決を求める。

第二、請求の原因

一、原告株式会社三洋商会(以下単に三洋商会という)はアルバムの販売を、同株式会社青々社(以下単に青々社という)はアルバムの製造加工をそれぞれ業とし、被告は昭和二三年項からアルバムの背閉じ(セル巻)加工を業とするものである。

二、被告は、別紙図面記載のような「ノート」の形状及び模様の結合につき、昭和二五年八月二四日特許庁出願、昭和二七年一月一一日登録になる昭和二六年登録第九五四〇六号の意匠権(以下本件意匠権という)を訴外川又元男と共有していたものである、右の登録前において、類似の形状を有する帳簿が、昭和一五年実用新案出願公告第一三、七四六号として公報に掲載されていたことを理由に、昭和二七年一月一一日訴外株式会社岡田台紙店から本件意匠権の登録無効審判の請求がなされ(昭和二六年無効審判第二三〇号)、昭和二八年一月二八日意匠法第一七条第一項第一号により本件意匠権を無効とする審決があり、訴告は、これを不服として抗告審判を請求した(昭和二八年抗告審判第三五七号)が、昭和三二年二月一二日抗告審判は成り立たない旨の審決を受け、更に東京高等裁判所に右抗告審決取消請求の訴を提起し(昭和三二年(行)第一二号)だが、これについても昭和三三年六月一七日訴却下の判決があつて、右判決は確定したので、同年七月一一日付で右昭和二八年一月二八日の無効審決が確定するに至り、本件意匠登録は登録の日に遡つて抹消された。

なお、原告らは、岡田台紙店が右無効審判事件を提起していることを知り、昭和三一年四月一一日同事件に参加して、右無効審決の効力を直接受けることになり、一方これとは別に、原告三洋商会は、昭和二九年一二月二一日本件意匠権の無効審判を請求し、(昭和二九年審判第五五四号)昭和三三年三月二七日無効の審決を受け、これに対して被告は、昭和三三年抗告審判第一、一〇二号により抗争して来たが、叙上のように本件意匠権が、岡田台紙店との無効審判事件において無効とされ、終局に遡及して効力を失つたので、同原告請求の右審判事件も原告の勝利に帰した。

即ち被告の本件意匠権の登録には、当初から重大な瑕疵があり、明白な無効原因を有するものであつた。

三、それより先、原告青々社は、原告三洋商会の委託により、別紙図面記載のような形状のセル巻リングアルバムを製作し、原告三洋商会は右リングアルバムを販売して営業していた。本件意匠権は、意匠施行規則第一〇条第二一類「紙皮革及び他類に属せざるその製品」の分類により、同類商品ノートとして出願し権利を得たものであるが、ノートとアルバムは同じく紙の製品より成る同種類のもので意匠登録については同一の品とみられるものである。

ところが

(一)  被告は、右無効審判事件で抗争中の昭和三〇年二月東京地方裁判所に、原告らの右リングアルバムの製作販売が被告の本件意匠権を侵害するものとして、その製作販売行為の禁止を求める仮処分の申請及び(同庁昭和三〇年(ヨ)第三四八号事件)、同年二月一二日同裁判所より

「債務者青々社は別紙目録及び図面表示の意匠と同一又は類似の意匠を有する物品を製造してはならない。

債務者三洋商会は債務者青々社の製造した右物品を販売拡布してはならない。債務者ら方に存在する債務者青々社の製造した右物品の既成品及び半製品に対する債務者らの各占有を解き債権者の委任した東京地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。

執行吏は右命令の趣旨を公示するため適当の方法をとらなければならない。」との仮処分命令を得、その執行として原告三洋商会に対しては、同年二月一六日原告本店において、原告青々社製作原告三洋商会所有にかかるリングアルバム(H六型六四五冊)を執行吏保管に移し封印を施した上同被告に一時保管を委ね、かつその販売拡布をすべからざる旨の公示を施して、右物件を、右仮処分取消の執行がなされる昭和三二年五月一日まで封印のまま同原告方倉庫に保管させ、原告青々社に対しては、昭和三〇年二月一六日同原告方において、原告三洋商会所有リングアルバム(既成品ノート八八〇冊、半製品表紙四〇〇〇枚、セルリング一、〇〇〇本)を、執行吏保管に移し封印を施した上原告青々社に一時保管を委ね、かつその製造を禁止する旨の公示を施して、右物件を前記同様昭和三二年五月一日まで封印のまま保管させ、その結果、右執行吏保管にかかる各物件が商品としての効用を失いこれを販売し得なくなつたばかりでなく、右仮処分のなされていた期間、原告三洋商会としては、原告青々社製作のリングアルバムの販売を禁止されたため、やむを得ず採算上不利で質的にも劣る訴外川又元男製作の物品の取引しかできず、量的にも従前の営業実績を下廻ることとなり、原告青々社としても、右期間リングアルバムを製作できず、それぞれ被告の右仮処分により営業上の利益を侵害されて後述のような損害を蒙つた。

(二)  被告は、裁判手続外においても、原告三洋商会の営業の妨害を画策し、昭和二九年一二月一五日上野松坂屋仕入係に対してしたのを始め、東京都内各デパートなどに、同原告のリングアルバム販売納入の行為は被告の権利を侵害するものであると宣伝していたが、右仮処分の命令を得るや、これに力を得て昭和三〇年二月一一日三越、松坂屋、高島屋、松屋などの主要デパート、東栄紙社その他に宛てて一斉に「リングアルバムは、東京地方裁判所昭和三〇年(ヨ)第三四八号仮処分命令により製造販売元はその製造販売を禁止され、執行吏は一切の製品半製品を差押えた。被通知人において販売を継続する場合は直ちに差押する。刑事上の制裁もある」等の趣旨の内容証明郵便による警告書を発し、そのため原告三洋商会は、その主要な取引先の右デパートらから従前の納入品の返品を受け、そのアルバム販売は一時全く停止し、ことに伊勢丹デパートの如きはその後全く同原告と取引を断つに至り、同原告は重要な得意先を喪失した。しかも右仮処分は、リングアルバムの内原告青々社の製品のみを対象とするにかゝわらず、被告は、リングアルバム全部が権利侵害の物品であるかのように解される通告をしたたため、右各デパートは、原告青々社製品以外のものまで取引を中止する始末で、原告三洋商会は、前記仮処分と相俟ち、被告の右宣伝行為により、商業上の信用を甚だしく毀損され、取引高が激減し、販路拡張を妨げられるなど将来に向つても甚大な損害を受けたほか、右信用回復のため有形無形の多大の出損を余儀なくされた。

四、被告の右の各行為は違法なものであり、被告はこれによつて原告の権利を侵害するにつき故意又は過失があつた。即ち、

(一)  右仮処分申請当時、既に昭和二八年一月二八日特許庁の公権的判断としての前記無効審決を受け、抗告審判に係属中であつて、被告は、本件意匠権が無効とされるべき原因及び無効となる可能性の強いことを知つて居り(内容的にも右無効審決が抗告審判又は訴訟によつて覆えされる恐れは全くないものであつた。)し、それにもかゝわらず敢えて断行的な右仮処分命令を申立てたことは、後日審決確定により遡つて本件意匠権が失効し、右仮処分が保全さるべき権利をなくして行なわれた結果となり、反面原告の権利を侵害するに至ることを承知しながら、原告らの営業妨害のためにしたものというべく、過失はもちろん、故意があつたものである。

しかも被告は、右仮処分申請にあたり、無効審判の申立があつたことも、無効審決のあつたことをも仮処分裁判所に告知しなかつた。被告は申請に際しての疎明証拠として登録証書写を提出したが、これには無効審判の申立は無効審決のあつた旨の記載はなく、他にかゝる事実を記載した書類を添付し又は陳述していないので、原告らが審訊を受けたときは裁判所は未だ右の事実を知らず、原告ら及び岡田台紙店がそれぞれ無効審判を提起している事実は、後日原告らが裁判所に特許庁の登録原簿謄本を上申書とゝもに提出して始めてこれを立証したところであり、原告らも裁判所も当時既に無効審決のあつた事実は全く知らなかつたのである。この点については、右仮処分に対する異議事件の東京地方裁判所昭和三〇年(モ)第九、六二六号の判決理由中で、「前記のような審決があつたことが、本件仮処分決定前に生じた事実ではあるが、仮処分決定後において明らかとなつたことは、民事訴訟法第七五六条によつて準用される同法第七四七条第一項にいうところの事情の変更があつたもの」と判示され、その控訴審の東京高等裁判所昭和三一年(ネ)第一、八四一号の判決理由中で、「本件にあらわれたすべての資料によつても(中略)、裁判所が右第一審々決のあつたことを知つていながら本件仮処分決定をしたとの一応の認定をもするに足りない」と判示されているところである。もし被告が、自己の権利を適法に行使する意思があれば、予め自己の権利の状況を一切仮処分裁判所に明示して公平な判断を受けようとするべきであり、裁判所が、右無効審決のあつた事実を知つていれば、到底仮処分命令を発しなかつたと推察できる。然るに被告がことさらに無効審決の事実を秘して裁判所に誤断を抱かせ仮処分命令を得たことは、故意に違法な仮処分をなさしめ執行したものといわねばならない。

(二)  仮にこの点につき被告に故意又は過失がなかつたとしても、実体法上の権利のない仮処分の結果については申請者の無過失責任を認めるべきものであるところ、被告の右仮処分命令に基く執行処分は、本件意匠権が遡つて無効となり、仮処分の根拠が失われたことにより、結果的に何らの権利に基ずかない違法な執行となつたのであるから、被告は、これによつて原告に与えた損害につき賠償の責に任じなければならない。

(三)  前項(二)のデパート等に対する警告は、被告がその根拠とした仮処分命令が右の如く違法なものであること、無効審決のあつた後に再三かゝる警告を発していることなどによつても、少くとも過失に基づく違法な行為であることが明らかであるばかりでなく、右警告では仮処分命令の範囲を逸脱して何らの権利に基ずかない主張をしている。即ち仮処分命令の主文は、原告三洋商会に対しては、「債務者青々社の製造した右物品を販売拡布してはならない。」とあるのみで、原告青々社以外の者特に本件意匠権共有者の一人川又元男の製品を販売拡布することを禁じてはいないのに、被告の右警告では、前述のように、一切の販売が禁止されたと通告して居り、全く法的根拠のない強迫的行為であり、これがため原告三洋商会に後述のような損害を与えるにつき故意又は過失があつたものである。

五、被告の右一連の不法行為により原告の蒙つた損害は次のとおりである。

(一)  原告三洋商会の損害

(1) 前記仮処分の執行として差押の上執行吏保管になつたリングアルバムH六型六四五冊は、昭和三二年五月一日仮処分が解放されるまで販売を差止められ、使用収益できず、その間自然腐朽、変色、破損、流行の変化などによつて、商品として販売できなくなり、やむなく廃棄処分にして所有権を放棄せざるを得なかつた。もしこれを正常に販売し得ていたならば、その卸売価格は総額で一〇八、二九〇円担当のものであるが、右のような状態となつたため、仮に仮処分解放後にこれを販売したとしても右の半値以下でなければ買手がつかない筈であり、少くも右の半額の五四、一四五円が損害となる。

(2) 前記仮処分に対して応訴せざるを得なくなり、原告三洋商会は、自己及び原告青々社のため、仮処分異議、無効審判請求事件等の処理のための費用、手数料、報酬として三三〇、〇〇〇円を審判及び訴訟代理人に支払わねばならなかつたので、右金額の損害を蒙つた。

(3) 前記仮処分のため、原告三洋商会は、原告青々社にアルバムを委託製造させることができなくなり、その製造を全部本件意匠権共有者の一人川又元男の工場に依頼せざるを得なくなり、そのため次の点で損害を生じた。即ち、従来川又から原告三洋商会への生産納品高の約半分の量を原告青々社から原告三洋商会に納品していたが、その原告三洋商会にとつての売上利益は、原告青々社製品は卸値の三割七分八厘、川又元男製品は卸値の二割八分九厘であつたから、川又元男の製品をもつて原告青々社の製品に代えることにより、八分九厘ずゝ利益が減少することとなり、これが損失となる。そして昭和三〇年二月二一日から昭和三二年三月二〇日までの川又元男製作によるリングアルバムの総売上額は三〇、五九三、九八四円であつたから、右利益率の差八分九厘をこれに棄ずると、二、七二二、八六四円となる。前記のように仮処分前の原告青々社からの仕入れは、川又からの仕入れの半数であつたので、仮処分がなかつたならば、原告三洋商会は、原告青々社との取引によつて、右金額の半額一、三六一、四三二円の利益を取得した筈であり、右金額が原告三洋商会の蒙つた損害となる。

(4) 被告の前記仮処分及び前記デパート等に対する警告により、原告三洋商会のリングアルバムの販売は一時全面的に停止したけれども、原告側が、共有意匠権者から買入れており、仮処分に抵触しないものである旨取引先に釈明して廻つた結果、取引再開され再び需要が増したが、仮処分の結果原告青々社の製造がなくなり、川又元男の工場の生産だけでは需要に応じきれなかつたため、仮処分後川又の工場の生産能力が需要と平行するようになつた昭和三〇年二月二一日までの八ケ月間に約四、八〇〇〇、〇〇〇円相当の売れ損を生じた。そしてその分の製造を従前どおり原告青々社に依頼できたものとすれば、前記平均利益率三割七分八厘により、一、八〇四、四〇〇円の利益を得べかりしもので、右金額が損害である。

(5) 被告の前記デパート等に対する警告によつて、原告三洋商会は、著しく信用を失堕し、代表取締役亡木村貞一ら各役員は、名誉と信用を重んずるこれら取引先に呼びつけられ、不信を問われ、責任を追求され、徹底的に叱責されて、各取引先との取引は一時中絶し、返品などを受け、他の商品の売行までもとまり、甚大な信用上財産上の損害を蒙つた。その後同原告側は、各取引先に仮処分の趣旨を説明し諒解を求めることに全力を尽して、ようやく被告の警告文が違法であることに気付かせ、その大部分とは、二、三ケ月後に取引を再開できたが、伊勢丹デパートとの取引は、今日まで全く途絶えている。この被告の警告は、原告の営業権を侵害し、信用と名誉を毀損するものであつて、その損害を仮に金銭的に評価すれば一、〇〇〇、〇〇〇円以上に及ぶ。

(二)  原告青々社の損害

(1) 前記仮処分により、原告青々社において原告三洋商会からの委託により加工製造中のリングアルバム、既成品H六型三五〇冊、Y四型二〇〇冊、H四型二五〇冊(以上平均単価一三円)右各アルバムの表紙四、〇〇〇枚(単価五円)が執行吏保管となつて、その加工賃の回収が不可能となり、その合計三〇、四〇〇円の損害を蒙つた。

(2) 原告青々社は、原告三洋商会からのリングアルバムの注文の増加と有望な将来性を見透して新たに加工作業の計画を樹て、そのため昭和二九年六月新規に専任従業員五名を採用したばかりであつたが被告の仮処分によつて製造を停止したため右従業員は全く不必要となり、その内三名を解雇せざるを得なくなり、右三名に解雇手当としてそれぞれ一五、〇〇〇円ずつを支払い、その合計四五、〇〇〇円の損害を蒙つた。

(3) 前記仮処分により執行吏保管とされた物品は、一時原告青々社に保管を委ねることとさたので、同原告の社屋中に二坪ほどの置場が必要になり、従前従業員の寝室に使用していた部屋をこれに当て右寝室を利用していた従業員は他に間借させざるを得なくなり、そのため昭和三〇年二月から仮処分解放までの二六ケ月間毎月二、五〇〇円ずつの間代の支払を余儀なくされ、合計六五、〇〇〇円の損害を受けた。

(4) 原告青々社のリングアルバム専任従業員は前述のように五名で、その生産能率は一日一人当り二〇〇冊、一人一ケ月の労働日数は二五日であるから、仮処分の執行から昭和三二年四月のその解放まで二六ケ月間の五名の総労働日数三、二五〇日に、右割合により生産し得た筈の総冊数は六五〇、〇〇〇冊となり、加工賃一冊当り単価一三円の割合により、右期間内の推算工賃総収入八、四五〇、〇〇〇円が被告の仮処分により製作を中止したことによつて失つた収入である。これに対し工員一名の給料は一カ月七、五〇〇円であるから、二六ケ月間五名分で九七五、〇〇〇円、及び下職代その他諸経費一冊当り六円の割合で六五〇、〇〇〇冊分の費用三、九〇〇、〇〇〇円をそれぞれ右収入から差引き、得べかりし利益三、五七〇、〇〇〇円が同原告の蒙つた損害である。

(5) そのほかに、被告の仮処分等により、原告青々社としても、その営業上の信用、名誉を毀損され、甚だしい損害を蒙つた。

六、要するに被告は、仮処分及び取引先への警告等の一連の不法行為によつて、原告らの、所有権に基づき商品を使用処分する権利、営業上の利益、商業上の信用等を侵害したもので、原告らの蒙つた損害を賠償することは当然である。そこで原告三洋商会は、前項(一)の(1)から(4)までの損害につき順次金八〇〇、〇〇〇円に充つるまでと同(5)の損害の内金二〇〇、〇〇〇円との合計一、〇〇〇、〇〇〇円、原告青々社は、前項(二)の(1)から(4)までの損害につき順次金六〇〇、〇〇〇円に充つるまで、及びそれぞれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三二年一二月七日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の各支払を求め、又前項(一)の(5)及び(二)の(5)の損害につき、原告らの商業上の信用を回復させる一方法として、請求の趣旨第二項記載のような謝罪広告を求めるため本訴に及んだ。

第三、被告の答弁

一、請求原因第一項の営業の事実は認める。

二、同第二項の、意匠権を被告が川又元男と共有しており、これにつき原告主張のような経緯で、審決抗告審決、判決があつて、その無効審決が確定したことは認める。

三、同第三項の、原告らの製作販売するリングアルバムに対し、同項(一)の仮処分命令を申請し、原告ら主張のように執行したこと。同項(二)のような警告をデパート等に向けて発したことは認める。

四、同第四項は否認する。被告のした仮処分及び警告には違法性も故意過失もない。

(一)  一且登録された意匠権は、一種の公定力を有し、例え原始的にその要件を欠いていたとしても、特許法所定の手続を経て確定審決で無効を宣言されるまでの間は有効であつて、何人もその効力を否定し得ず、登録権者はその意匠を実施し得るものであり、裁判所も、無効審決をまたずにその無効を宣言し得ないのはもちろん、意匠権侵害を理由に他人の行為の差止を請求する訴訟事件等においても、その前提として意匠権の無効を判断し得ないものと解すべきであつて、無効審決があつても取消争訟が係属中でこれが確定しない間は右の理は異るところはないから、無効審決確定前に本件意匠権に基づいてなされた本件仮処分及び警告には違法な点はない。

(二)  仮に結果的にこれが不適法であつたとしても、被告は、当時本件意匠権が有効なものと確信しており、これに抵触する意匠登録はなく、実用新案公告があることを、専門的な知識を有する特許庁の係官すらも知らなかつたのであるから、被告が本件意匠権の無効原因を知らなかつたことにつき過失はない。

(三)  被告は、原告らの製造販売するアルバムを市中から購入して来て、被告の顧問弁理士永富鎮雄の意見を徹して、これが被告の形式上有する意匠権に抵触することを確かめ、更に弁護士の鑑定を求めた上仮処分に及んだもので、このように専門家の判断に基づいて行為したのであるから、通常人としてなすべき注意を尽していたといえる。

(四)  被告は、仮処分申請にあたり、無効審決のあつたことを秘匿していたわけではない。無効審決があつても、これが意匠原簿に登録されるのは審決確定後であつて(本件意匠権につき無効審決が原簿に登録されたのは昭和三三年一二月二四日である)し、被告がことさらに古い謄本を裁判所に提出したわけではなく、被告は、仮処分申請にあたり、口頭で、無効審決があつた事実を申し出た。

(五)  次に原告は、被告の警告文が法的根拠のない主張をしていたというが、意匠権が共有にかかる場合は各共有者は、他の共有者の同意なくして意匠の実施を他人に許諾し得ず(意匠法第二五条、特許法第四八条)川又元男は、昭和二八年二月一〇日被告に対し、本件意匠権については、何人にも意匠の実施権を譲渡せず、競い合いダンピング等をしない旨契約して居り、その後被告は、川又が本件意匠権の実施を他人に許諾するにつき同意を与えたことはないから、川又は原告らに本件意匠の実施を許諾し得ないものであり、原告らのリングアルバム製造販売の所為はすべて被告の意匠権に抵触するものであつた。

五、原告らの損害は全部否認する。特に請求原因第五項(一)の(1)については、原告三洋商会所有の物品は、仮処分により執行吏の保管に委ねられたのみで、被告はその引渡を受けて居らず、同原告はその所有権を失つていないから、所有権侵害による損害はない。その他の損害についての原告らの主張は、結局営業権を侵害されたということにあるものと思われるが、営業は一体として債権的行為の目的となり得るのみで営業権なる一個の総括的権利は存在せず、いわゆる営業権に基づき直接第三者に対しその妨害予防を請求し又はその侵害による損害賠償を請求することはできないものと解すべきであるから原告らの主張は失当である。

仮に原告にその主張のような損害があるとしても、経済的損害にとどまるもので、本件において金銭的損失の場合に一般に感受する不快感のほかに、原告らに特に精神的苦痛を与え又は名誉若くは信用を毀損して、金銭をもつて償い得ない無形の損害を与えたという特段の事情は存在しないから、金銭的賠償で足り、謝罪広告を求める請求は理由がない。

第四、証拠関係≪省略≫

理由

一、原告三洋商会はセル巻リングアルバムを含むアルバム類を販売することを、原告青々社は原告三洋商会の委託によつてこの種アルバムを製作することを、それぞれ業としていたものであること、被告が訴外川又元男とともに、ノートの形状および模様の結合に関する昭和二六年登録第九五、四〇六号の意匠権(本件意匠権)を有していたところ、請求原因二記載のような経緯で昭和二八年一月二八日これを無効とする審決があり、これが抗告審決および判決を経て確定したことにより、みぎ意匠登録が抹消されたこと、しかるに被告はみぎ無効審決後抗告審判請求中の昭和三〇年二月一二日、原告らに対し、本件意匠権に抵触することを理由として、リングアルバムの製造販売等を禁じ、原告らの所持する製品を執行吏保管とする。請求原因三、(一)記載の趣旨の仮処分命令を得、これを同記載のように執行し、またこれと前後し、同年二月一一日項、原告三洋商会の取引先である都内百貨店等に宛て、請求原因三、(二)記載の内容の警告書を発送したこと、以上の事実は当事者間に争がない。

二、みぎ争いのない事実の経過から、被告がみぎ仮処分命令を申請執行し、警告書を発したのは、外形上、本件意匠権にもとずく権利の行使としてであるものとみられるが、その後に無効審決が確定し、遡つて被告が本件意匠権を有しないこととなつたため、仮処分命令は被保全権利を欠き、警告書の発送も法的根拠にもとずかないものとなつたのであつて、もし被告のこれらの行為によつて原告が損害を蒙つたとすれば、被告は何らの権利にもとずかないで原告らの権利を侵害したこととなる。もとより、外形上存在するとされていた権利が後に存在しないことに確定した場合に、その権利者は、従前の仮処分等の方法による権利の行使の結果につき、当然に無過失責任を負うものと解することはできないが、その者において、権利が実際は存在しないことにつき悪意である場合、または権利の存在を信じていたとしてもそのように信ずるべき合理的理由がなくてこれにつき過失があるとみられる場合、もしくは権利の行使が形式上存在する権利自体の濫用とみられる場合において、その権利行使の結果他人に損害を与えれば、不法行為が成立するものというべきである。

これを本件についてみるに、被告の権利は公の権限ある機関によつて審査の上設定登録された意匠権であつて、その意味では被告が自己の権利の正当な存在を信ずることは当然といえるとともに、法定の手続によつてその無効が宣せられるまでは何人もこの権利を否定しえないものであるが、前記のとおりみぎ仮処分および警告書発送の当時すでに前記無効審決を受けていたのであるから、被告は、右無効審決が誤りを犯していると信ずるについて合理的な理由がある等特段の事由がない限り、右審決当時その無効即ち無権利を知り又は容易に知り得たという外はない。

してみればみぎ審決にかかわらず、これが後に覆えされて、引続き自己が正当な権利者として存続しうるに至ることを確信しており、かつこう確信するについて一応人を納得させるに足るだけの合理的理由が認められるのでなければ、結果的に権利が不存在と確定された現在においては、従前の権利行使たるみぎ各行為によつて原告らに生じた損害につき、故意又は過失による責を免れないものといわなくてはならない。

(二) (証拠―省略) によれば、本件意匠権にかかる考案の要旨は、適当数量の同型縦長方型ノート紙を重ね合わせ、その表裏にこれよりやや大型同型の堅紙一葉ずつを合わせて、これらの一側縁上に一定間隔に多数の角型綴穴を穿ち、他方両側縁を自由端として重ね合わせてほぼ円筒状とした飜転支持具の一側縁を櫛歯状にした係上片をみぎ綴穴に嵌入してなるノートの形状および模様の結合であり、次にルーズリーフ(綴込帳簿)の構造につき昭和一五年実用新案出願公告第一三七四六号として公報に掲載公告されていたものは、適当数量の横長型記帳紙を重ね合わせ、その表裏にこれよりやや大型同型の長方型堅紙一葉ずつを合せて、これらの一側縁上に等間隔に多数の透孔を設け、他方、セルロイドまたは同効材よりなり、両側縁を自由端として重ね合わせてほぼ円筒状とした支持具の一側縁を櫛型にした係止片を設け、これをみぎ紙葉の透孔部に嵌合させることを大略の内容とするものであること、みぎ意匠と実用新案とは、その対象とするノートとルーズリーフがともに旧意匠法施行規則第一〇条の第二一類所定の物品であり、その綴り合わせるべき紙片が縦長と横長との相異はあるが、この紙型に関する相異は考案の要素とみることは困難であるし、その他の主要な構造および外観においては実質的な差異はなく、同一または類似のものと認うべく、少くとも本件意匠はみぎ実用新案にかかる帳簿の形状から容易に創作しうるものであつて、しかもこのような類似性は、意匠公報、出願公告等の記載から容易に看取しうるものであること、昭和二八年一月二八日の特許庁審決は、本件意匠の考察と実用新案との相違点および類似性に関しみぎと同旨の判断を示し、したがつて本件意匠が意匠法第三等第一項第二号に該当し、同法第一条の規定に違反して登録されたものとの理由で、これを無効としたものであり、これに対する抗告審審決も両者の差異は設計上の微差変更にすぎないとしてみぎ無効審決を推持し、東京高等裁判所へのみぎ抗告審決取消の訴は、訴訟要件の理由を却下されて、みぎ無効審決が確定するに至つたこと、被告が、原告らに対する本件仮処分命令に対する異議事件につき東京地方裁判所が昭和三一年九月四日言渡した判決は、みぎ無効審決がその理由からみてその後の手続で覆えされるおそれはほとんどなく、しかもみぎ審決があつたことが本件仮処分決定前に生じた事実ではあるが仮処分決定後において明らかになつたことは、事情の変更があつたものであると判断してみぎ仮処分決定を取り消し、これに対する控訴審の東京高等裁判所も、第一審の無効審決があつたことが仮処分当時原裁判所に明らかではなかつたとの一応の事実認定をして原審の判断を支持したこと、以上の事実が認められる。

(三) 一方、証人永富鎮雄の証言と被告本人尋問の結果によれば、被告は、本件仮処分命令の申請を本件被告訴訟代理人進藤寿郎弁護士らに、前記抗告審判請求を弁理士永富鎮雄にそれぞれ委任して行なつたのであるが、みぎ仮処分および前記警告書の発送等にあたつては、同弁理土、弁護土らの意見をも徴した結果、当時本件意匠を実施したとみられる商品は他に市場になく、しかも実用新案と意匠とはその保護の対象を異にするものであつて、本件意匠が実用新案と抵触していることはないと考え、無効審決が覆えされることを期待して、本件意匠にかかる権利の擁護のためのような行為に、およんだものであることが窺われるしたがつて、被告に故意があつたことは認め難い。しかし、被告は、たとえ法律についての素人であつても、本件の如く既に一度その有する意匠権が公けの判断によつて無効と宣言されている場合には、その権利の行使についてことに慎重であることが要求されるのであつて、専門家の意見を徴し、それに従つて行為したという一事で当然にそれが適法とされるというべきではなく、みぎ専門家らにおいて、このようなものとして通常必要とされる注意を尽していなかつた場合に、その言うところを軽信したときは、被告はその行為の結果につき責を負わなければならないものである。

ところで意匠と実用新案とがその保護する利益を異にすることは、みぎ証人、被告本人というとおりであるけれども、実用新案公告にかかる考案によつて生ずる物の外観が意匠登録の対象たる外観と同一または類似であれば、意匠の登録出願前国内に領布された刊行物より容易に実施しうべき程度に記載されたものまたはこれに類似するものとして、意匠として登録しえないものであり(このことは永富証人も承認するところである)、

本件意匠に関する第一審無効審決もみぎ意匠と実用新案公告の考案とが全体としての外観において類似であると認めたものであることは、前掲乙第三一号証の記載から明らかである。そして前掲(二)記載のところから、両者の類似性についてみぎ審決の示した判断は、何人も容易に首肯することができると考えられ、これが後に抗告審判または審決取消請求訴訟において覆えされることを信ずるのに無理からぬ事情は、以上記載のところからもまたそのほかの全証拠からも何ら窺いえないところであつて、永富弁理士らと被告が両者の外観の類似しないと考えた理由について証人永富の供述するところも、人を納得させるに足りないものというほかはない。

これを要するに、被告には、みぎ無効審決が上級審で覆えされて、本件意匠権が有効に存在すると信ずるについて合理的理由があつたものとは認め難いのであり、したがつて、みぎ意匠権の行使としての前記各行為により原告らに損害を与えた場合、それが何らの法的根拠にもとずかずにした原告らの権利に対する違法な侵害となることについて、過失があつたことを免れないものといわなくてはならない。

三、(一) 以上の次第で、被告は、前記仮処分および警告書を発したことと相当因果関係がある範囲で、原告らに生じた損害を賠償する責に任ずるものであるから、次に、みぎ各行為により原告らにその主張のような損害が生じたかどうかを検討する。

なお、ここにいう損害とは、法律上明文をもつて定められた具体的な権利の侵害によるものに限らず、広く法律上保護に価いする利益を侵害されたことによるものをすべて含むことはいうまでもない。

(二) 原告三洋商会の損害

(1)  原告三洋商会に対する本件仮処分の執行により、同原告所有のリングアルバムH六型六四五冊が執行吏の保管に移され、その販売、処分が禁じられたことは、当事者間に争いがない。証人永田博の証言によれば、このアルバムは卸値平均一冊一四〇円のものであるが、仮処分解放の昭和三二年五月まで倉庫に積んでおいたため、全く使用しえないものとなつたので、屑紙として訴外川又元男にみぎの約四分の一の価格で売渡したことが認められる。なお、証人川又元男の証言によれば、原告三洋商会が取引先の百貨店から返品を受けた、甲第四五、第四六号証記載のアルバムは、川又が仮処分解放後通常の価格の六割引きで引き取つたことが認められるので、やや内輪に、みぎ執行を受けたアルバムをも同じ割合で買取つたものとみても、一冊当り八四円、合計五四、一八〇円の損失が同原告に生じたことになる。そしてこれが被告の不法行為を構成する仮処分執行と相当因果関係内にある損害であることは明らかであるから、みぎ金額の範囲内の五四、一四五円の損害の主張は理由がある。

(2)  (前略)甲第三六号証によれば、原告三洋商会は、本件意匠権をめぐる前掲登録無効審判、同抗告審判、同参加、本件仮処分に対する異議、尚控訴等各事件の代理人である弁護士と弁理士らに、これら各事件の費用および報酬として合計三三〇、〇〇〇円を支払つていることが認められる。

この内、被告の申請、執行した仮処分に対する異議の関係の費用、報酬が被告の不法行為により生じた損害であることは当然である。

意匠登録無効審判、同抗告審判、同参加に関する費用等は原告らが被告の不法行為として主張する仮処分の執行および取引先への警告文の発送等によつて、当然にかつ直接に生ずる損害といえるかどうかは、疑問を抱く余地もあると思われるが、証人水田博の証言によれば、被告三洋商会の取引先である都内各百貨店等に、昭和二九年一一月項から一二月項にかけて、同原告のリングアルバムの販売が被告の権利を侵害する旨の警告を発して(これは前掲昭和三〇年二月一一日項の警告文の発送と一連の行為とみられる)、同原告の営業を妨害する態度に出たので、同原告は急きよ昭和二九年一二月二一日意匠登録無効審判請求におよんだものであることが認められ、これは被告の行為に対する同原告の法律上の利益を擁護する行為であつたとみられる。さらに仮処分執行があつて後に、さきに提起されていた岡田台紙店を請求人とする無効審判請求事件に参加したことも、結果的にも必ずしも不可欠の行為ではなかつたとしても、その当時権利関係未確定の状態において自己の法益を守るため通常のかつ当然なされるべき行為であつて(このような場合不法行為により被害を受けようとするものが自己の利益を守るため重複をいとわず可能なあらゆる手段に訴えることは当然のことである。)、被告の警告文発送、仮処分の執行等により惹起されたやむを得ない行為と考えられる。

すなわち、みぎ三三〇、〇〇〇円の費用、報酬は、いずれも被告の不法行為に対し、原告三洋商会の正当な利益を擁護するためになされた行為のための、当時において必要な費用であつたとみられるのであるから、みぎ不法行為により通常生ずべき損害といえる。

(3)  証人永田博の証言と原告青々社代表者白山邦甫の尋問の結果によれば、原告三洋商会は、従来訴外川又元男と原告青々社からそれぞれアルバム類の供給を受けており、川又の供給する製品はすべてリングアルバムであるが、原告青々社は昭和二九年五月項からリングアルバムの製造を始め、その後原告三洋商会に供給する製品の内二割ないし三割がリングアルバムであつたこと、原告三洋商会がリングアルバムを売却(卸売)してうる利益は、原告青々社の製品の方が川又の製品より高級品であるため、原告青々社の製品については卸売価格の三割七分八厘、川又の製品については同じく二割八分九厘であることが認められる。次に(甲号証―省略)によつて、昭和二九年五月二一日から昭和三〇年二月二〇日までの原告三洋商会におけるリングアルバムの仕入金額をみると、川又からは約三、六八〇、〇〇〇円、原告青々社からの仕入はその二割をリングアルバムとみて約一、二一〇、〇〇〇円で、その比率はほぼ三対一であることが認められる。

そこで原告三洋商会主張の昭和三〇年二月二一日から昭和三二年三月二〇日までの間の、川又製作にかかるリングアルバムの同原告における総売上額をみるに、これを直接明らかにしうる証拠はないが、(甲号証―省略)によれば、みぎ期間における川又からのリングアルバムの総仕入額は二一、七一九、六九二円であつたことが認められ、かつ、その前後の時期を通じて仕入額はほぼ順調に増加を続けているとみられるので、みぎ期間に仕入量とほぼ同量のアルバムを販売しえたものと推定することが可能である。したがつて、みぎ金額から前記利潤率によつて推算したみぎ期間の原告三洋商会における売上額は三〇、五四七、九五三円となり、その四分の一(前記三対一の比率により)は、原告青々社製品の販売を禁ずる本件仮処分がなかつたならば、同原告をして製造せしめえた筈の製品の売上額と推定できるので、原告三洋商会は、これに川又と原告青々社の製品の間のみぎ利潤率の差八分九厘を乗じた六七九、六九七円の利益を本件仮処分の結果失つたものといえる。

(4)  以上(1)ないし(3)の損害は、いずれも被告の不法行為と相当因果関係にあるものと認められ、その内(1)の五四、一四五円、(2)の三三〇、〇〇〇円(3)の内金四一五、八五五円をもつて、原告三洋商会請求の八〇〇、〇〇〇円に達するので、被告はこの金額を同原告に賠償すべく、請求原因五、(一)(4)の損害については判断しない。

(5)  (証拠―省略) によれば、原告三洋商会は、昭和四年創業、資本金七、〇〇〇、〇〇〇円で、主に全国有名百貨店に広くアルバム類を卸売し、昭和三四、五年当時は年間約一八〇、〇〇〇、〇〇〇円の売上を得ている。業界有数の製造販売業者であること、昭和二九年一一月、一二月頃、被告は、同原告の取引先である各百貨店等に、同原告のリングアルバムが被告の権利を侵害するものである旨申入れたので、同原告は急きよ同年一二月二一日被告の意匠権に関し登録無効審判請求を提起し、各取引先に、弁護士、弁理士らの名で、同原告の扱うリングアルバムは意匠権共有者の一名の製作にかかるもので、被告の権利と抵触するものでなく、しかも被告の意匠は無効たるべきものである旨を説明する手紙を送り、かつ会社役員らが取引先を訪問して陳弁に努める等していたところ、さらに昭和三〇年二月に前記認定のような強硬な趣旨の書面が内容証明郵便をもつて被告から各百貨店に送られたため、同原告は、一時はこれら各百貨店から完全にリングアルバムの取引を停止されてしまい、価格三〇数万円相当の返品を受け、会社自体の信用が低落したためリングアルバム以外のアルバムについて注文が減り、販売が困難になつたこと、そこで会社の役員、社員らが各百貨店を再三訪れて前と同趣旨の陳弁に努めたが容易に容れられず、約半年後始めて三越百貨店が、生産現場を検分した上で、取引を再開したのを始めとして、漸次取引に応ずるものが出、最後に本訴提起後に伊勢丹百貨店が買入に応ずるに至つてようやく取引は旧に復したこと。しかし取引再開後も、原告青々社にリングアルバムを製作させることが仮処分によつてできなかつたため、暫くはかえつて需要に応じきれない事態も生じたこと。以上の事実が認められる。

みぎ事実によれば、原告三洋商会は、被告の本件不法行為によりははなはだしく信用を傷つけられて、莫大な損害を蒙り、会社関係者が信用回復のために尽した心労も並大ていのものではなかつたものと認められ、このような信用の毀損による損害に対しては、被告は金銭をもつて賠償すべきであつて、その額は二〇〇、〇〇〇円を下らないものと考えられる。

(三) 原告青々社の損害

(1)  成立に争いのない甲第三号証、原告青々社代表白山邦甫の尋問の結果によれば、被告の本件仮処分により、原告青々社の完成したアルバム八〇〇冊、表紙四、〇〇〇枚(二、〇〇〇冊分)が執行吏の保管とされ、その処分が禁じられ、仮処分解放後にはこれを廃棄さざるをえなかつたこと、原告青々社は、専ら原告三洋商会から原料供給を受けてアルバムを製造し、これを原告三洋商会に引き渡して、その加工賃を収入とするものであつて、リングアルバムの加工賃の内訳は、完成品一冊につき経費六円、利益七円、合計一三円であり、表紙のみについていえば一枚あたり約五円(この点はみぎ尋問の結果により経費の大部分が表紙の加工に関するものであることから推算できる)が加工賃となること、したがつて原告青々社は、みぎ数量の物の加工賃合計三〇、四〇〇円を、仮処分の結果回収しえなくなり、同額の損害を蒙つたことが認められる。

(2)  みぎ代表者尋問の結果によれば、原告青々社は、本件仮処分当時、従業員五名をリングアルバムの加工に専従させていたところ、仮処分後その製造ができなくなつたため、その内二名は他の部門に転用したが、三名は解雇せざるをえなくなり、その解雇手当として一人一五、〇〇〇円ずつを支出したことが認められ、その合計四五、〇〇〇円は被告の仮処分と相当因果関係に立つ損害といえる。

(3)  前掲甲第三号証とみぎ代表者尋問の結果によれば、(1)記載の仮処分執行の対象となつたアルバム等は執行吏保管とされた上、原告青々社がその保管を委ねられたため、同原告は、その保管の場所として、従来従業員の寝室に使用していた約二坪の部屋を使用せざるをえなくなり、その代りに従業員の宿泊所として近くに間借りをし、仮処分が解放された昭和三二年五月一日頃まで、その間代として毎月二、五〇〇円ずつを支払つたことが認められ、その間昭和三〇年三月一日から昭和三二年四月末日までとして二六ケ月分合計六五、〇〇〇円の支払いは、被告の不法行為と相当因果関係にある損害といえないではない。

(4)  みぎ代表者尋問の結果によれば、リングアルバムの工員一人当りの加工量は、初心者で一ケ月、約、二、〇〇〇冊熟練者では約一〇、〇〇〇冊であり、通常は一日約二〇〇冊であることが認められ、原告青々社の前記五名の従業員も、仮処分がなくて生産を継続していれば、みぎ通常の程度の生産量をあげえたものと推認されるので、一人一ケ月二五日ずつ就業するものとみて、昭和三〇年三月一日から昭和三二年四月末日まで二六ケ月間五名の総労働日数三、二五〇日に、みぎ割合により生産しえた筈のリングアルバムの数量は六五〇、〇〇〇冊となり、その加工賃の総収入は前記一冊一三円の割合により八、四五〇、〇〇〇円となる。これに対し、成立に争いのない甲第一五号証によれば、みぎ従業員の給与は五名で一ケ月、四五、〇〇〇円であつたことが認められるので、その二六ケ月分一、一七〇、〇〇〇円と、前記加工に要する経費一冊あたり六円の割合による六五〇、〇〇〇冊分三、九〇〇、〇〇〇円とをみぎ総収入から差引いた三、三八〇、〇〇〇円が、仮処分がなかつたならば、原告青々社がリングアルバムの生産によつてうべかりし純収入となり、これも仮処分の結果通常生ずべき損害といえる。

(5)  よつて被告は原告青々社に対し、みぎ(1)(2)(3)の各金額と(4)の金額の内金四五九、六〇〇円合計六〇〇、〇〇〇円を支払うべきこととなる。

(四) 謝罪広告を求める請求について被告の本件仮処分の執行と警告文の発送等により、原告三洋商会の営業上の信用がはなはだしく傷つけられ多大の損害を蒙つたことは前記認定のとおりであるが、前記のように同原告は、主として百貨店等一定範囲の販売業者を相手とする卸売業者であり、一方信用毀損の態様は、これら販売業者に対する個別的な通告をもつてなされたものであるところ、証人永田博の証言によれば、各取引先は当時一且全面的に取引を停止したけれども、その後漸次再開し、現在(本件口頭弁論終結当時)においては完全に取引は旧に復したばかりか、前より一層隆盛をきわめていて、信用は全く回復されていることが認められる。このように、一且信用が毀損されても、現在においてその信用が回復され、実害が残つていない場合には、過去において信用が失われていたことによる損害に対し金銭賠償を求めれば足り、かつ同原告はこれを求めているところであつて、なおこれにあわせて、将来にわたつて信用を回復する手段として謝罪広告を求める利益はないものと解すべきである。

また、原告青々社は、もつぱら原告三洋商会に製品を供給している製造業者であるから、原告三洋商会の信用が回復して、製品の販売に支障がなくなれば、原告青々社としてももはや信用は回復され実害は存しないものとみるべきであつて、特に原状回復のための措置を必要とする事情も認められない以上、同様に、謝罪広告を求める利益はないものというべきである。したがつてこの点の原告らの請求はいずれも失当である。

四、以上の次第で、本訴請求中、被告の不法行為にもとずく損害賠償として、原告三洋商会が前記三、(二)(4)の金員八〇〇、〇〇〇円と同(5)の金員二〇〇、〇〇〇円の合計一、〇〇〇、〇〇〇円、原告青々社が三、(三)(5)記載の六〇〇、〇〇〇円、ならびにこの各々に対する、本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和三二年一二月七日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は、いずれも正当なものとしてこれを認容し、謝罪広告を求める部分は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二三部

裁判長裁判官 西 川 美 数

裁判官 野 田   宏

裁判官佐藤恒雄は転任のため署名捺印できない。

目録≪省略≫

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例